ネパール、民主化の行方は?

ネパールはブッダの生誕地やヒマラヤ山脈、遺跡が残る街並みがあり、世界中から観光客が集まるところである。
しかし、1990年代から共産党毛沢東主義派(マオイスト)による民主化運動が王族殺害に発展し、
マオイストにより組織された人民解放軍と国軍との対立によって内戦が激化していった。

その結果、240年近く続いてきた王制が2008年に廃止され、ネパールでは初めての制憲議会選挙が実施された。
それに併せて、民主的な新しい国づくりのための憲法制定作業が進められるが、
2012年5月27日の制憲議会の期限に主要政党間での新憲法に対する合意が形成されなかったため、制憲議会は解散し、
新たな制憲議会のための選挙が2012年11月に実施されることが宣言されたものの、
選挙の実施に反対している政党もあるため、ネパールの民主化に向けた国づくりの行方は混とんとした状態にある。

ネパールの首都カトマンズは周囲を山に囲まれた盆地で、標高約1,300mに位置している。
歴史的な建造物を多く残しつつ開発が進められてきたこともあり、狭い道が縦横に走っており、
あちこちから車、リキシャ、バイクが行き交い、その隙間を人がすり抜けるという状態だ。
街中は非常に埃っぽく、きれいな山並みを拝むことも難しく、道行く人々はマスクをして歩いている。
街中にはヒンズー教、仏教の寺院・施設が点在しており、日常生活に溶け込んでいる姿を見ることができる。

ネパールといえば、マオイストによる「バンダ」と呼ばれる強制ゼネストも有名(?)であり、
通常はバイクや車であふれかえっている通りも、バンダの日は車両移動ができなくなり、お店も休業、事務所へも行けなくなるので宿舎での作業を余儀なくされる。
このバンダの実施・解除は予測不可能であり、当日朝の出勤時に車が動いていないことで判明するということもあるくらいだ。