BEACH INTERNATIONAL SCHOOL ウィンドサーフィン in 津久井浜

6月13日の晴れた土曜日の朝、BIS(ビーチインターナショナルスクール)という大人の遊びを楽しむ気心の知れた仲間たちが集まり、神奈川県三浦半島にある津久井浜というところで、ウィンドサーフィンにチャレンジしてみた。

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https://youtu.be/S1hRhmofqRI

普段車を持ち合わせていない私は、タオルと簡単な着替えだけを入れたストリームトレイルのカバンを携え、京浜急行電鉄久里浜線というあまり乗り慣れていない私鉄へ単身乗車した。
週末の久里浜線はまだ午前8時そこらとはいえ、山や海へ向かう人が思いのほか多く、車両の席はすべて埋まっていた。

電車は横浜駅を出て40分ほど南下し、今頃三浦半島のどの辺かなと思い始めた矢先、気が付けばどこか大雑把な佇まいを残したローカル風情の漂う、わりとこじんまりとした駅に到着した。
本日の目的地、津久井浜駅である。

前日はあいにくの雨というところで無事に晴れるかどうかやきもきしていたのだけれど、海好きの男たちの祈りが天に届いたのか、この日はさっぱり晴れてくれた。

約束の時間よりいくらか早く着いてしまい、ひとりやることもないから近くの喫茶店でパンケーキをつついていると、同じくBISの仲間である北村さんの黒いハイエースが駐車場に入ってくるのが目に入った。
北村さんはロングボードのプロサーファーとして波乗りたちの間では名の知れた人であるのだが、ウィンドサーフィンはかつて一度しか余興程度に乗ったことがないとのことで、普段は湘南や千葉方面でサーフィンを教えている彼が、この日は私と同じウィンドサーフィンの体験受講生になることに何か目新しいものを感じた。

「おはようございます。天気晴れましたね」
「あれ、もう着いてたの?風が少ないのが気になるけれど、今日は午後も晴れるみたいだね」

そういいながら、北村さんは愛犬のLaniと一緒に店内に入ってきて、私の真向いの椅子に腰かけると同じモーニングセットを注文した。
穏やかな朝食を一緒に摂りながら「今日、楽しみですね」と問いかけると、北村さんは「風がどうもね」と少し声を落とした。

「サーフィンは波に乗るスポーツだからさ、風があっちゃだめなのよ。でもウィンドサーフィンは文字通り風を巧みに操るものでしょ。どうも感じがイメージできないんだ」

なるほど、同じボードに乗って波を滑るスポーツと言えども、サーフィンとウィンドサーフィンでは勝手がまるで違うようだ。

津久井浜というところはウィンドサーフィンを楽しむ人たちの間で愛される海岸であるらしく、1年を通じて浜沿いの風がなびくため、ビギナーたちもオフショア(沖合)へ流されることもなく、また波のコンディションも比較的安定していることから、スローラムといった海面をいかに早くゴールできるか競い合う、中~上級者向けの大会も開かれたりする。

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この日は海辺にウィンドサーフィンの専門店を構えるTEARS(ティアーズ)さんにコーチをお願いしていた。

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我々に手ほどきをしてくれるのは、鈴木さんという女性の方で、日に焼けた肌に絶妙に合うきれいなとび色の瞳が知性を感じさせ、目を合わせると吸い込まれる印象がした。

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ウィンドサーフィンに挑むのは男性6名。その誰もが初心者だ。

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ショップに到着すると、我々ビギナー一同はまず2階の講義室に集まり、鈴木さんからウィンドサーフィンの基本的なレクチャーを受けた。

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ホワイトボードを使いながら、よく通る声で1つ1つ説明してくれる。
原理原則から言うと、海よりの風に対してセイル(帆)の角度を工夫しながら、進行方向を調整するとのこと。いたってシンプルだ。
ただ風下に向かって進むのはイメージできるけれども、風上に向かって進むというのが今一つピンとこない。でも、まあ、そういうものらしい。

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「風向きに対して左右45度の範囲には、ボードを進めることはできません。これをデッドゾーンと呼びます。
初心者の方はよくこの区域にボードを入れてしまうことが多く、このゾーンに入ったらボードの先端を風下に向けて下さい」

たとえば風を受けて沖合に出たらそのまま「ハイ、サヨウナラ」という分けにはいかないので、岸に戻るためにもどこかで折り返し、風上に向かって進まなければならなくなる。
その場合はこのデッドゾーンを回避しながらジグザグと根気よく、また華麗に(とは言わないまでも技巧的に)波の上を滑って生還しなければならない。
想像力が足りないため今一つピンとこないが、でも、まあ、そういうものらしい。

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一連の講義を受けた後は、めいめいウェットスーツに着替え、黒いサーフィンブーツを手に取り、目の前に広がる浜辺に移動する。

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装備については自前で持ってくる者以外は、TEARSさんに貸して頂いた。

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念のため落水した時を考慮してライフジャケットも身に付ける。その上でBISのTシャツを着てみたので、貧弱なボディの私はなんだか多少不恰好なガンダムみたいになってしまった。

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「今日は少し靄がかっていますね。南側からオンショアの微風が出ていますが、風向きは途中で変わったりしますので、そこの旗の向きをたまに見て下さい」

海岸沿いに10本ほどの旗が等間隔でなびいていて、海に出る者へ風向きを教えてくれる。

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浜辺では、先ほどの講義の内容をおさらいしつつ、器具を前にして操作の説明を受けた。

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ちょうど1ヶ月前「ザ・マスターズ 2015 in 津久井浜」を観戦した時は、選手たちが20分ほど時間をかけてセイルやマストを組み立てている様子を目にしたが、この日は必要な器具一式をTEARSさんが予め用意して下さっており、物事は淡々と進んでいく。

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長さ2m弱のでっぷりとした初心者向けのボードと4平米ほどのセイルを持ち上げ、マストとボードをつなぎ合わせる。

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受講者6名が2艘に別れて、おのおののセイルボードを珍妙なもののように見守っていると、あれよあれよと実際に海に浮かべて乗る話まで進み、ずっしりとした重量のあるその舟を引きずりながら腰まで水に浸かる。

互いに恐る恐る順序を譲り合ったりしながら、そんなこんなで半ばなし崩し的に一人ずつ乗り出すことになった。

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まるで初めて自転車を漕ぐときのあのなんとも言えない不安な気持ちと同じものが、ウェットスーツと素肌の間にぬるりと滑り込んでくるような気がした。

「まずはボードの上に正座してみて下さい。その後ゆっくり立ち上がりながら、セイルを紐で引き揚げて下さい」

海面に着水しているセイルには水の重みが加わり、つい引き上げる時にバランスを失う。
ビギナー用の太目のボードが、この時はとても心もとないものに思えた。

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「セイルを引き揚げたら、マストを握って体の中央に持って行き、杖のように支えて下さい。直立できたら左足をボードのやや後方に持って行き、重心を整え前へ進みます」

理屈では分かるけれどもなかなかそう思うようにいかない。
常に両手両足微妙にバランスを保ちながら海面に漂うわけで、ハートには余裕というものが1ミリも残らない。

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四肢必至になっていると私の背後で誰かが派手な音を立てて落水した。
オオイズミさんだ。文化系の彼は水彩画が秀逸で、この日のBISメンバーの中では一番おとなしく、どちらかと言えばスポーツはあまり得意そうにもない。
しかも彼は確か泳げなかったはず・・・。
だが私には構っている暇はなかった。薄情な話だが人間こうなるとわが命が一番惜しい。

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「オオイズミさん、大丈夫ですかー」

浜辺でアライさんが何か言っている。
後は任せました。

ウィンドサーフィンの難しいところは、セイルとマストを両の手で支え合い、同時に二本の足でボード上の安定位置を模索する方へ心が奪われているさなかにも風が吹き付け、常に固定位置に居させてくれないところにある。

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どうやら三浦半島のセイレーンはややせっかちで、待つことが苦手らしい。

この日は微風であったことと、また津久井浜自体がサイドな風向きに寄りがちであることが幸いして、命知らずに遠海へ流されてしまうような粗相もなかったわけだが、しかしよくよく気がつくと、たとえ落水しても首だけ出して立つことができる程度の遠浅が続いていた。

恐らくあれは10歳くらいの歳頃だったと思う。
夏になると南九州にある実家のそばに流れる川で「ダンマ」と呼ばれる手長エビの一種を採ろうとしたことがあった。当時まだ存命だった祖父が一緒に川辺で竹竿を構えてくれ、「水も深さを知れば怖くない」と教えてくれた。

遠い記憶の中で色あせたその一言が、頭上をかすめるウミネコの影とともに、波の上をちらりと浮かんでは消えていった。

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正午を過ぎたあたり、昼食を摂るために休憩をはさんだ。
午前中の興奮が冷めやらぬ様子で、我々一行は浜辺に上がってもしばらくは互いの慌てぶりを冷やかしたりしていた。

そんなとき浜辺を歩く北村さんの姿をふと見かけた。

「北村さん、どんな塩梅でしたか」
「なかなかコツがいるねえ。ほらサーフィンだと自分はグーフィーだからその癖が体に染みついていてね、ウィンドだとタックするとき足の向きも逆になるでしょ。だから両方バランスが均整取れてないといけないことに気が付いてね」

タックとは風上回りの方向転換のことだ。進行方向が逆になるから当然足の向きも左右逆になる。
ウィンドサーフィンは右足を前にしたときと左足を前にしたときのそれぞれで適切に体の重心を確保しなければならない。風向きやその強弱によってセイルの向きや支える腕の角度も変わってくる。
それに伴って下半身のバランスも微調整しなければならないため、ある程度の場数が必要なのも当然といえば当然なのかもしれない。

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軽い昼食を摂りながら何とはなしに波打ち際を眺めていると、同じTEARSの中村さんが不思議な乗り方をしているのが目に入った。
くるくると小躍りしているような、軽妙な乗り回しだ。細かいゾーンを右へ行ったり左へ行ったり、蝶がせわしなく花畑を飛び回っているような様子を彷彿させる。

「独特な乗り方をされてますね」
「中村はフリースタイルの練習をしているんですよ」

鈴木さんはそう教えてくれた。
どうやらウィンドサーフィンにもいくつかのスタイルがあるらしい。
沖合のブイをめがけて進み、岸に戻ってくる早さを競うようなスローラムもあれば、中村さんのようにバックしたり、ボードの先端や後部を沈めたりするようなフリースタイルという種目もある。
後ほどショップでビデオを見せてもらったのだが、ウェイブセイリングという空中で一回転するようなアクロバティックなスタイルもあるという。
なんともテクニックの奥行きが深いスポーツだ。

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途中、仲間の弁当がトンビにかっさらわれるといった事件もありながら、思い思いに昼食を済ませると午後の部へ移った。
この頃から多少風が吹き始め、海上のガスも晴れてきた。

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「後半は沖に浮いている黄色いブイまで行ってみましょう」

幾らかはコツをつかんだとはいえ、あまり沖に出てしまうと当然落水しても足はつかず、陸地の仲間たちからも切り離されるわけで、孤独感が焦燥感を掻き立てる。

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さすがに鈴木さんが伴走して下さったが、当たり前だけれども彼女の頭の後ろの方にも目が付いているわけではないのだから、私の一挙手一投足まで見てくれない。

できたてホヤホヤの幾ばくかの理屈と勘がない交ぜとなりながら、あたふたと手元の狂いを調整しつつ無理にでも視線を遠くへ向けて、舟のバランスと心の平衡をなんとか保つ。
そのすぐ20~30メートル傍では、付近の大学の学生さんと思われる集団がオレンジ色のセイルをはためかせながら、まるで組体操のように独特のリズムを刻みながら波間を滑っている。

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ふと足元を見ると、やたら巨大な名も知らない藻が不気味な顔を覗かせていて、見なければよかったと後悔した。

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風はますます強くなる。
とは言え実際には秒速2メートルも行っていないのかもしれない。しかし動いている身からすると、体で感じる速度はまたそれとは別のものに思えてくる。

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何をどうやったのかはっきりとは覚えていないのだが、目標物のブイの傍まで来たときに首尾よくタックに成功したようで、後は岸に戻るのみと緊張の糸がほつれた瞬間、思わぬ事態が生じた。
舟が止まったのである。

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すかさず近くを走っていた鈴木さんが声をあげた。

「ボードがデッドゾーンに入っているから、セイルを引いて下さい」

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なんともあのデッドゾーンに突入した訳である。
その不吉な名前はなんとかならないのか、なんてこんな時にくだらないことに萎えながら、慌てて言われた通りにする。

しばらく舟がたゆたい、このまま巨大な藻の怪物の餌食になってしまうのかとゾッとしたが、幸いなことに少しずつ揚力を増し、遠い岸辺に対して平行するような形で舟を進めることになった。

とはいえ、陸から数百メートルの地点である。
こちらとしては一刻も早く岸辺に戻りたいのであるが、今の風の向きがそれを許さない。
「待つのも仕事のひとつ」というどこかで聞いたことのある言葉が、思い出された。

陸地では時間を持て余した仲間たちがパドリングを楽しんでおり、都心から来たのか若い女の子たちのSUPの群れに混ざりながら、私の帰還を待っていてくれた。

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というのは私の幻妄で、ちゃんと待っていてくれたのは北村さんの愛犬Laniだけだった。

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今なら愛犬家としての西郷隆盛の気持ちがよくわかる気がした。

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この日海の上では、津久井浜を愛する人たちが、それぞれの余暇のひとときを豊かに味わっていた。

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[あとがき]

冒頭にサーフィンとウィンドサーフィンは似て非なるもの、と書いた。

これは確かにそうで、まず体力の消耗が違うと思う。
最近鹿島の方でサーフィンを始めたというイイヅカさんが言っていたことだが、サーフィンはダイレクトに波を体に受け、また水中に浸かる物理的な時間が長いため、フィジカル面でのタフネスさがある程度必要だとのこと。

まさしくそうであるかもしれない。
一方ウィンドサーフィンは道具を扱うという技術面での巧緻が極めて重要になってくるわけで、体力の減耗はそれほど感じず、風を巧妙に受けてしまえば私のような初心者でもそれなりの加速度を付けて初日から沖合に出ることも可能なようだ。
ただし一度沖に出ると見慣れぬ風景がそこにあるわけだから、最初はおっかなびっくりで臨むことになるかもしれないけれども、伴走者がしっかりサポートしてくれていれば、腕力に自信のない女性なども大いに楽しむことができるスポーツだと思う。

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ウィンドサーフィンは、呼称が「ウィンド」+「サーフィン」で成り立っているわけだから、それこそ風と波の特性を均等に理解していればいいのだろうと安易な考えでいたのだけれど、実際に試してみると風の扱いが圧倒的なウェイトを占めることを、この身をもって感じた。

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道具の複雑さも違いの1つである。
ウィンドサーフィンはセイルやマスト、ボードの他に、ハンドルのような役割をするブームと呼ばれる突っ張り棒や、その引きこみをサポートするハーネスラインという紐状のものもある。
組立や解体にも手順があるようで、不慣れな初心者にはTEARSさんのような器具一式をレンタルさせてくれるところでレッスンを楽しむことをおすすめする。

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世界の三大喜劇王と呼ばれるチャールズ・チャップリンが残した有名な言葉がある。

「人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ。」

もしチャップリンがこの世に生きていれば、彼はきっとウィンドサーフィンを気に入り、波の上でおどけてみせてくれたのかもしれない。

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ティアーズウインドサーフィンスクール TEARS
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