年齢なんて関係ない!自分のペースで記録を狙う、フリーダイビング(その3)

30歳や40歳を過ぎてから始める人もけっして珍しくない。「自分らしさ」を追求することが、フリーダイビングを楽しむ一番のコツであることに気が付いた。

がんばりすぎては危険なスポーツ

ちなみに女子の日本記録は廣瀬選手が2012年9月に樹立した189mであるが、考えてもみると実に恐ろしい記録だ。
50mのプールを、行って戻って、さらに行ってターンしてくるわけだから(その間、当然息継ぎはない)もはやリアルマーメイドとも言って差し支えない記録だろう。
この間、選手たちはいったい何を考えているのか?
脳の思考も科学的には有酸素運動の1つだろうから、できることなら余計な思考はカットアウトした方が合理的だ。
となると外界と閉ざされた水中環境において、選手たちはあまり多くのことは考えず、ただひたすら孤独に黙々と手足を動かしているというのか?

「あるところまで達すると、気持ちがよくなる、って言う人。結構いるんですよ。」

そうにこやかに笑うのが廣瀬選手自身だ。
いわゆる酸欠状態に陥ったらひどいときは記憶喪失(いわゆるブラックアウト)を引き起こす場合いもある。彼女自身2011年のイタリア・ヴェネチアでのAIDA世界選手権で、日本記録を優に上回る193mをたたき出したが、浮上後にブラックアウトを起こし、あえなく記録なしに終わった経験を持つ。

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選手のパフォーマンスを岸から見守る廣瀬選手。
その眼差しは真剣そのものだ。

「厳しいルールがあるのは、選手たちの安全性を第一に考慮してこそなの。がんばりすぎると浮上後に正しいサインも出せなくなるから、理性を保ちながら自分の限界に挑むこと。これがすべての選手たちに課せられた絶対条件なんです。」

先にも述べた通り、このフリーダイビングという競技には、他のスポーツにはない独特のリズムがある。
白熱した観客が試合会場を席巻しているわけではなく、大歓声が場内アナウンスを掻き消すようなシーンもみられない。
この競技は徹底した個人主義から成り立つとも言えるのだろう。
記録を他者と競り合うことも重要ではあるが、大事なことはいかに心を乱されることなく、己の記録更新に専念できるのか。

隣の会場で行われているアクロバティックな飛込競技とは対照的に、フリーダイバーたちは静かな闘いに闘志を燃焼しているように思われた。

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競技を前に精神を集中し、気を高める選手とコーチ。

 

何よりも驚く、その平均年齢

他のスポーツとの差異性と言えば、ここで語っておかなければならない点がある。
それはフリーダイバーたちの平均年齢が高いということだ。

たとえばベースボール・チャンネルによると2014年のNPB全体の平均年齢は27.58歳という。30歳ともいえば、それはオーバーエイジとも言われかねない実に厳しい世界だ。
一方フリーダイビングはというと、国内の平均年齢は40歳弱という。
30歳から始める人、40歳から始める人も十分いるというわけだ。実際、60歳を超える現役選手もいる。
事実、女子の個人種目で世界記録ホルダーであるロシアのNatalia Molchanova氏は、60歳を前にしているというから驚きだ。

参:Natalia Molchanova氏DNF世界記録更新の時の映像

水中で求められていることはただ2つ。
平常心と効率さだ。
なるべく安静した心拍数でもって、限られた有酸素を効率的に消費すること。
肺活量や持久力といった基礎体力も当然のことながら、1回のキックでストロークをどれだけ伸ばせるのかといったテクニックが重要になる。
不思議なことに、今日の大会で目にする選手たちはいわゆる競泳選手のような逆三角形型の体系をした人は1人もいなかった。

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伸びやかなストロークがとても美しく、観る者を引き寄せる。

彼らは僕たちと同じような仕事や家事を日常生活で抱え、その合間に競技にいそしむ。
ストイックだけれども自分のペースを大事にする。
そういった人たちがほとんどだったと記憶する。
惜しくもこの日記録更新とならなかった人や、審判から残念な判定結果を突き付けられた人たちも、口々にこう言っていた。

「仕方がない、次がんばればいいじゃないか。」

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競技を終えた選手を待っているのは、努力と挑戦に敬意を表す仲間たちだ。

フリーダイバーたちほど水中スポーツを楽しむ人たちはいないのではないかと思われる。
彼らは廣瀬選手のように、もともと素潜りから始めたという人もいれば、水泳やスキューバダイビングの延長で楽しむ人もいる。
中には先の岡本選手のように、最初は泳ぐこともままならなかったという選手もいるから驚きだ。

そういった選手たちが大会記録保持者であったり、現役の日本代表選手でもあるというわけだから、まったくもって未経験である僕にもひょっとしてできるんじゃないのかな、と期待と好奇心を持たせてくれる。

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半年後、そこで泳いでいるのはもしかしたら自分かもしれない。

もちろん個々の選手たちが置かれた状況において、それぞれの記録へ挑戦していくことにはそれなりの覚悟や努力が求められるのだろう。

しかしながら、一部の身体的能力や才能に恵まれた人たちが華やぐスポーツ界や、やり始めるのに気づくのが遅すぎる人たちにはあまりにもその道が閉ざされている、といった競技とは異なり、フリーダイビングはごくごく一般的な人たちをもいつでも受け入れてくれる、またその結果、それまで知りえなかった水の中の世界を思う存分に楽しませてくれる、ちょっと個性的だけども決して垣根の高くはない、等身大なスポーツと言えるような気がする。

乗馬のように驚くような出費を伴うものでもなければ、自分の日常を犠牲にしてまで続けなければならないストイックさが強いられることもないので、少し変わったアクティビティを経験してみたいな、と思うのであれば、まず推して間違いない競技とも言えるだろう。

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カメラを前に、StreamTrailの鞄を肩にかける廣瀬選手。
本日はお疲れ様でした。

 

編集後記

今回の取材には、先にご紹介させて頂いた廣瀬花子選手の他、TrueNorth代表であられる、山本哲也さんにご協力を頂きました。とても気さくな方で、わけのわからない人物がひょっこり会場に押しかけて来たにも関わらず、競技の説明や選手の方のご紹介など、丁寧にご対応頂きました。ありがとうございます。

この日の大会で印象に残ったことが実はあともう1つあります。
それは、実によくスタッフの方々に声をかけられるということ。
カメラの準備をしていた時に、水中から何か話しかけられているなと思いきや、そこにいたのは「金の斧~、銀の斧~」の女神ではなく、ウェットスーツに身を包んだTrueNotrhさんのスタッフさんでした。
「どこかでお会いしたかな~??」と思いつつも、そうではなく、会場に不慣れな人間へのご配慮のようで、その後もたくさんの方々に例のNatalia Molchanova氏の話だとか、競技のルールだとか、お話し頂きました。

先にも書きました通り、フリーダイビングはごくごく普通の成人でも始められる競技であると言えます。水の中に不安がある方や、競技のいろはから教わりたいといった方は、まずはTrueNorthさんへお問い合わせされてはいかがでしょうか。
夏を除くオフシーズンにおいて、毎月何等かのフリーダイビングの大会を催されるとのこと。来月は団体戦を予定されているそうです。

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執筆:U