岡山への出張の帰り、新神戸駅に着いた時には、時計の針は既に22時を回っていた。
そこからタクシーに乗って5分少々、三宮にあるビジネスホテルにチェックインし、シャワーで汗を流した後、遅めの夕食をとるために夜の繁華街に出る。
ちょうど生田神社の南側、ドン・キホーテのある通りから路地裏に少し入ると、バーやこじゃれたレストランが立ち並び、花の金曜日を喜び合う声があちらこちらから聞こえた。
わたせせいぞう氏の絵に出てきそうな、洒脱なネオンが夜の神戸を濡らす。
人生二度目の神戸の旅は、何度ぬぐってもたちどころに流れ出てくる汗にもみくちゃになりながらの、1週間前にぽっと思いついたなんちゃって取材旅行となった。
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明日は待ちに待った土曜日ともいわんばかりに、翌日に義務を抱えない大人たちが思い思いに酒を酌み交わし、普段はしとやかなOL風の女性も大胆に隣の男に体を預ける。
それを受け止める男もしたり顔で、酔った頭をフル回転しながら今夜のアフターに策をめぐらす。
確かこの辺りだったかと思う。山崎豊子氏の名著「華麗なる一族」に出てきた二子が、意中の一之瀬四々彦に口説かれて夜の神戸の港街に勇気を出して足を踏み入れたのは。
一族の視線からはじゃじゃ馬以外の何者でもない二子ではあったけれども、既成の価値観にとらわれない自立的な女性像といった印象を読者の心に残した。確かあの日は二子は一之瀬とともに、洋食屋でカツレツか何かを食したのではなかっただろうか。
なんておぼろげな記憶を辿っていると、どういうわけだかもう深夜23時近くになるというのに、小さなこどもたちを連れた奥様方の集団が通りの一区画を占めているところに出会った。いやはや、こんな時間にママ会だろうか。
サーティーワン・アイスクリームのガラス扉に、それとは知らずに勢いよくぶつかった男の子が大きな泣き声をあげている。その横を猛烈な勢いで抜き去っていくタクシーたち。ちょっとしたことでも居丈高にクラクションを鳴らすのは、この土地の風習なのだろうか。
三宮駅の山側ではやたら神戸牛を食材にした鉄板焼きの店が軒を並べ、どこも牛の置物を店先に置いて一様に黒字の太目の毛筆体で「神戸牛」と書いている。その軒下で、道行くサラリーマンに黄色い声をかけるミニスカートの群れ。
老人が胸元をはだけながら下着姿で自転車をこいで行く。どこかで大声をあげながら男たちがわめいている。
ぬめるような暑さから噴き出る汗を首元でぬぐいながら、やれやれと気を取り直し、細い路地に足を向ける。
やたら立ち飲み屋の多い飲み屋街。ほんまに多いです・・。
その隣にこじゃれた洋食屋が並ぶ。
ちょっとした小料理屋風の店も黙ってはいない。もはやなんでもありだ。
豚肉専門店「肉バル staub」。表に豚のぬいぐるみが!?
食材のぬいぐるみや置物を表に出すといったこの手の店はわりと多い。
どうやら神戸では「pork」も「pig」も、「beef」も「cow」もあまり差はないらしい。
隣にまわるとやたら女性客の出入りが多いシーフード店があった。
おや?これも「staub」といった看板が。先の店とオーナーは同じのようだ。
この店もどういうわけか、魚に人の顔が描かれたマスコットをデザインしている。
高知県のゆるキャラで有名な「カツオ人間」と着想は似ている。
必ずしも食欲をそそられる見た目ではないけれども、とまれ地元の女性客で繁盛していることと、店構えもわりあいきれいに保たれていることから、空腹のタイムリミットももはやこれまでと、今夜のディナーはこの店に決めた。
やや不純な動機ではあったものの、いざ店の中に入るとオレンジ色に煌々と照る照明が食卓を落ち着かせ、店員と客のたわいもない談笑が耳に入ってきて、素朴な印象を与える。
近くの専門学校生と思われるおひとり様の女性客がカウンターに座って、顔だちの整った男性店員に、自分の好みの男性像について一方的に語っている。
「うちの学校の男子はなんていうか、今一つなのよねー。頼りないというか。もっと自立して店を持つとか夢がある人がいいなー。」
青春は麗し!なかなか神戸の女性は積極的な人が多いと見受けられる。
さて注文をとる店員の方だが、言葉のイントネーションが異なる風来坊のような私たちに対しても如才なく、どういうわけかオーダーもそこそこに、芸能人のローラの魅力を熱心に力説しはじめた。やや目が潤んでいる。
個人的な(しかも熱烈な)ファンであることは十分理解できたが、なぜこんな夜の神戸の街にやってきてローラの話がわが身に降りかかるのか。
店員の勢いに圧倒されながら少しずつ様子をうかがうと、どうやらこの日はハイボールのキャンペーンをやっていたようで、サントリーのハイボールを注文するとくじを1回引かせてくれ、運が良ければローラの絵がプリントされたうちわをもらえるらしい。
ここまで聞かされたらハイボールを注文しなくては関西のノリが収まらない、それも江戸っ子の名折れだぁい、と特に東京都出身でもないにも関わらず私は空元気をみせて角ハイを注文。
すかさずアシスタントにくじを引いてもらった。
じゃーん、お見事ローラ。
この瞬間、10畳ほどの狭い店内で歓声がどっと沸き上がり、西と東が一つになった。
まあローラはともかくとも、空腹とあっては、シーフード料理に箸を動かすのにも余念がない。
スズキの香草カルパッチョ、イタリアンオムレツ、そしてなぜかイタリアンなはずなのにスペインのフルーツワイン、サングリアと続く。
甘いワインに対抗するかのように、枝豆とアサリのぺペロンソース和えとアンチョビポテトも注文。
うーん、うまいねー。
そして、ホタテと木の子のライムアヒージョ。
こいつがなかなかどうして、逸品でありました。
まったりとしたオリーブオイルがライムの独特な香りでつつまれ、口中もスッキリとするところがいたく気に入った。
暑い夜にさして胃もたれもせず、さわやかなイタリアン料理を堪能したささやかな前夜祭。
アシスタントと二人、食べるだけ食べて飲んで、合計5300円なのだから安いぞ、神戸。
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ああ、しかしこうして読むと食うだけの記事になってしまったなあ・・。
ともかく翌日もあることなので、うまい食事で気をよくした我々一行は、それぞれのホテルに帰って、なんの障害もない心地よい眠りに落ちていくのだった。